ダニエル・ピンクの『ハイ・コンセプト』を読み始めている。共感こそこれからの時代に必要な能力だということが書いてあって、自分に思い当たることがあって変な感じがした。自分には果たして共感する能力が備わっているのだろうか。本の中では一例として、「あくび」とか「眠い」とかいう単語が頻出する物語が登場し、読んでいる中であくびが誘発された人は共感能力が高いと説明されていた。僕は全くあくびが出なかった。やはり共感能力が低いらしい…
ちょっと前に後輩の話をよく聞く時期があったが、そのときも自分が相手に共感しているという風には感じていなかった。相手の立場に自分を置いてみるシミュレーションはした。しかし、そこで考えるのは自分であって、相手の感情を推測するというシミュレーションをしていたわけではない。あくまで「自分ならどう感じるか」であり、「この人ならどう感じるか」ということを考えたわけではない。だからどうしても相手に何か言いたくなってしまう。本当なら相手をまず全面的に理解することに力を注がなくてはならないのだろうけど。
それがわかっているから自分の中に葛藤があったのかもしれない。自分には共感能力が少ないが、相手を思うならまず共感・理解からはじめなくてはならない。しかしただ理解するだけでは結局問題の解決にはならなくて、解決のためには相手の考え方を変える手助けをしたり、環境を変えられるよう行動しなければならない。何か言いたくなる気持ちを抑えつつ、しかし聞くだけに終わるわけにはいかないというジレンマ。相手を否定したくないが、しかし改善すべきところも見受けられる場合にどうすればいいのかという思い。自分ならどうしてほしいかと考えても、それが相手にとってベストかはわからない。こんなことを思っているところに知らなくてもいいことを知り、頭がはげてしまったという…
真剣にはやったが、これでいいのだろうか?今日もまた言い訳がましい弁明を繰り出してしまった。こんなこと自分なら聞きたくない。それでも言ってしまうのは自己保身だろう。しばらく頭は治りそうにない。
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