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4月, 2016の投稿を表示しています

三菱自動車のアレコレ

三菱自動車がまたやらかしたらしい。 社員でもなければましてや経営陣でもないので詳しい話はまったくわからないが、漏れ聞こえる話を総合すると、超内向きで甘えの体質が原因のようだ。 他社にデータを渡すのに、バレないと思ってしまう体質。バレるバレないというより、三菱自動車内で稟議を通すことだけにしか意識が向いていないのだろう。 自社の常識は世間の非常識というやつの典型。そして、何かあっても三菱グループがなんとかしてくれると高をくくっている甘え。過去にもいろいろやらかしているのに、それでも他のグループ会社が「スリーダイヤのプライドにかけて倒産はさせない」みたいに言っているらしいのが意味不明。 そういうことするからここまで脛をかじらせることになったんではないかなと思わせるが、 このグループはこういうものの考え方をするらしい。身売りするなら結局一緒じゃないかと思うが、それがスリーダイヤのプライドなのか。 大学時代に企業倫理の授業をとっていたせいなのか、こういう話には結構考えさせられる。 法を犯す、グレーでもわざわざ踏み越える、人の道に外れることを自分がいる企業がやったときどうするか。個人の職業倫理が問われるようなときにどう行動するか。これから転職が普通になる時代になったとき、かなり大事になってくる気がするんだよな。ニュースで事件を知ったとしても、そのあとの行動は選ぶことができる。 「会社として不正を行っていることを知っていて、なぜおまえは残っているのか。」 「残っているということは、お前は会社の不正を肯定するのか。」 もし外に出ないで残るんだったら、そんな風に問われた時どう返すのか、考えとかないといけないんではないだろうか。 でも自分が経営陣でもないのだったら、わざわざ残るっていう選択肢を取る理由が考え付かない。 もう転職なんかできないというのが理由であれば、もう本当に終わってるとしか言いようがない。詰んでいる。そうならないために頑張って働き、勉強してスキルと経験を積む必要があったのに。 不正を是とするような会社はどんなに頑張って奉公したってどのみち報いてはくれないんだから。 これで会社が残ったとしても、三菱自動車は時価総額の40%が吹き飛んでいるわけで。「資金が厳しいので全社員の賞与カット、給与も半額な。」といわれても一蓮托生、地獄の底までついていきますという覚悟がないなら、「

プロらしく

この前のクロ現で、厚切りジェイソンと中央大学の教授がゲストにきて 日本の雇用問題について議論を戦わせていた。 全部見たわけではないので断片的になるが 終身雇用が徐々に崩れてきている中で個人はどう生きていけばいいか、という問題意識の中で 厚切りジェイソンは「とにかく個人のスキル開発につきる。自分の専門性を高めて雇われる力をつけておけ。」という主張。 教授は「そういう能力のない人のために会社が、社会が何がしかの対策を取るべき。」みたいな感じだった。 厚切りジェイソンはその教授の意見すら不要と考えているようだった。 自分がどっちの考えかといえば、厚切りジェイソン派だ。 会社って普通につぶれる。つぶれなくても業績が悪くなれば人を切る。 JALだったり、今のシャープや東芝を見ればわかるが、業績が悪くなればつぶれなくても クビにはなる。その時が来て「俺をクビにするな!」といってもね。 会社がなんとしても残したい人間、もしくはクビになってもすぐ転職できる人間になっておくほうが よっぽど健全じゃないかと思う。 それができない人もいるじゃないか!という意見もあったみたいだが、 こういう意見を言う人って、具体的にどういう人をイメージしているのだろう。 別に上は目指したくない。給料が上がらなくてもいい。そういうイメージだろうか。 そういう気持ちで働きたいのは個人の自由だが、そう思えば競争から離れられるわけじゃない。 上を目指す、給料を上げると必死になって働く奴が同僚にいれば負けるし、 起業・独立したとしても同業にそういう必死な会社があればそっちに客を取られるだろう。 共産主義じゃないんだから、競争からは逃れられない。 でも、社会としてセーフティネットは作りましょうねという話でしかない。うまい話はないのだ。 いずれそのセーフティネットも本当に最低限のものになるだろうが。 そこそこの暮らしをするためにも、必死にならないといけない世の中だ。 またもう一つ。あまり厚切りジェイソンみたいな考えを進めていくと、 会社に新卒の生え抜き社員がいなくなるという意見もあるらしい。 結局口のうまいアピール上手な奴が上に行き、生え抜きが去っていく。 そうすると会社が本当にピンチのときに助けてくれる社員がいなくなる、という。 わからんでもないけど、でも今のシャープとか東芝を見ると本当かな、と感じる。 だってシャー

もっとわがままにやろう

この四半期の成果面談があったが、どうやらそれなりに評価をされているよう。 「本当に嫌なら出ればいい。だから言うべきことは言おう。やるべきことはやろう。 わがままに、やりたいようにやって、それが止められるようなら辞めよう。」 という踏ん切りがついて年明けからやってきたのがよかったようだ。 ただただ言いたいことをそのまま言っていたらただの一言居士、わがままだっただろうが、 言いたいことを言う、やりたいことをやるためにどうすればいいかということを考えて 工夫したのがよかったのだろう。 嫌なら辞めればいいとはいっても、そこに何の工夫がなければ社会人として幼いだけだ。 将来的にすごい企画マン、更に数字を背負うみたいなことをするためには、 そろそろリーダー的な仕事をしないといけない。 人を動かして大きな仕事をできるようにならないといけない。 でも任されるのを待ってはいられない。今からそういう動きをやろう。 やります!とか言う必要もなくて、勝手にやってしまおう。 俺の方ができるとアピールしよう。 仮にここで認められなくても、習慣になれば次の場所でも使える。 ところで年明けからやっていたコンサルはひと段落ついた。 やはりというか、部署間をまたいだ施策を採用するには至らなかった。 最初からもっとゼロベースでというか、将来像の具体的なイメージから入ればよかったのではと 言われたが、その通りかもしれない。あまりにも最初の問題意識を前提としすぎた。 与えられた問題を解くだけではただの勉強ができる人だ。 この仕事をコンサルと一緒に進める中で、コンサルに行ってみようかな、やっぱりやめようかな、 というのがかなり揺れ動いた。いろいろ調べるとやはり給料は高い。最近はむかしほどハードワークでもない、調査とか考えるスキルなど汎用的な力がつく、というのがメリットだと感じた。 しかしデメリットとして、そうはいってもハードワークなので私生活かどうなるか、30歳になる今コンサルに入ってみて、本当についていけるか、企画マンになりたい、数字を持ちたいというコンサル後の希望を考えると、本当にコンサルになる効果があるか、てのがあげられた。 コンサルに行けばその後リーダーになれるわけでもないし、企画力がつくわけでもない。 だったら今の職場でわがままに上を目指してリーダー職を奪い取って、そこで履歴書に書ける実績を積んだ方