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夏休みの振り返り

振り返りをするほど何かしたわけではないけれど。ダイビングを2回して、たくさん飲んで、たくさん映画を観たくらいだな。個別の感想は忘れないうちに何かしら書いておきたい。 押井守の言葉で、人生の主題を知るためには人生そのものを原資として投入しなければならぬというのがあって、なるほどなと思った。人生をうまく泳ぐための考えとかを知って目から鱗、という体験は、主題を知ることとは全く別。人生というのが目的でもあり手段でもあるという。 MITの伊藤さんと元マッキンゼーの誰かの対談記事でまた日本の教育をこき下ろしてたけど、そういうこと言うおじさんはあまり好きではない。ダメなら変えるために何かアクションしろと思う。なんのためのマッキンゼーか。それと同時に、日本ってそんなにダメか?とも。だってGoogleやAppleが生まれないのはアメリカ以外全てだから。Googleが日本にないから日本がダメってことにはならない。だったらフランスとかどうなる。 起業したいとかスタートアップにいきたいとかいう人は、好きを仕事にというのを本気で信じられていいなと思う。自分は4年働いてみてやっぱりそういうのはなかった。これからもたぶんないだろう。だからって何か問題でもあるんだろうか。誰もが世の中を変えるために生きているわけではない。 サラリーマンというのは日本で最も優遇された身分であるという。自分もそう思う。搾取されているとか言う人もいるが、総合的に見れば最高の身分。仕事だからこそ好きなことも嫌いなこともやれる。そんなんでいいんじゃないか。 この半年間、自分の欲に正直に生きようとしてきた。自分はもっと高潔な人間かと思っていたが、全然そんなことはないらしい。もっと中身のないただの人間だった。それがわかったので、全力でただの人間の人生を極めていこうと思う。普通な幸せだって努力しなきゃ獲得できない。口を開けていれば放り込まれる幸せは存在しない。

感想:日本の一番長い日

「日本の一番長い日」を観ていて、ああ、戦前の意思決定ってこんな感じだったのだなと感慨に浸ったので、少しメモ書きしたいと思う。典型的なのは以下の場面か。 1. 映画序盤、ポツダム宣言受諾を拒否せよと青年将校たちに詰め寄られ、阿南陸相が「不服なものは私を斬れ!」と叫ぶシーン。 2. 天皇に読んでもらう原稿で「戦局好転せず」にするかどうかで阿南陸相と米内海相が対立し、誰も意見できない会議のシーン。 3. 近衛兵の反乱に気づいた東部軍連隊長に対し、反乱軍の一人が「これから近衛師団の指揮をとって頂きます。作戦内容は我々がよく存じております」と言い放つシーン。  阿南陸相は陸軍のトップなのだから、彼がポツダム宣言受諾に傾いた時点で、他の軍人が何か言えるなんてことはないはず。しかし実際は20歳そこそこの少佐に「最後まで戦え!」と詰め寄られる。そして阿南も命令によって屈服させることができず、「不服ならこの阿南を斬れ!」と人情に訴えて封じようとする。本当にこの人は陸軍のトップなのか?と思わされる。 会議のシーンでは、そもそもそんなことでいつまで会議しているんだとも思うけど、首相が決めればいいのでは?と思うのに何も言わない(少なくとも映画では)。天皇に決めてもらえばいいのでは?とも思うけど、そもそも天皇の御聖断で決まったポツダム宣言受諾が青年将校に受け入れられていない時点で、あまり意味をなさないことがわかる。放置状態。誰が一番偉いのか?という感じ。 今にも通じるのは3のシーン。連隊長をまさしく神輿として扱っている。偽命令書があってこその強気ではあるものの、それだけではなく、普段から特にこいつはこんなんだろうなあと思わせるシーン。そして、きっとこいつだけじゃないんだろうなと思わされる(だからあれだけの規模の反乱になったわけだし)。 戦前の日本って、東条英機がたくさん大臣を兼ねていることからも独裁政治だったというイメージがあるけど、実際は全然そんなんじゃなかったというのがわかる。もちろん庶民に対しては憲兵やら秘密警察やら、締め付けがあったけどももっと上のレイヤーでいえば、いったい誰がリーダーなのかという状態。 史実として、阿南と鈴木貫太郎はものすごく親しかったということがわかっているらしい。だからこそ全てが終わったときに阿南は鈴木に会議でのお詫びを述べて...

週末観た映画

この週末はいろいろ映画を観ていました。せっかく楽しい映画を観ているのに、どうもまっすぐに映画を観ることができなくなっていていろいろ考えてしまう。社会人になって、ものをつくる仕事をしていて、映画を観ていてもそれを作った人たちに思いを馳せる用になっているからだと思います。この週末に観たのは以下順不同。  言の葉の庭 リリイ・シュシュのすべて ピンポン(3回目だった) 特攻大作戦 セックスと嘘とビデオテープ 日本の一番長い日 日本の一番長い日、特攻大作戦、セックスと嘘とビデオテープ、は面白かった。一度も早送りしなかった。ピンポンは3回観て3回とも早送りしてしまった。リリイも部分的に飛ばした。言の葉の庭は短いので飛ばさなかったけど、最後は吹き出してしまった。自分も似たような経験をしているから、もっと感情移入してもいいはずなんだけどね。 古いものから新しいものまで、実写からアニメまで、邦画から洋画まで、だいたい網羅してみたけど、映画って何だろうという風に思いながら観てました。45分しかないアニメと、2時間半もあるモノクロ映像が同じ映画として扱われているけど、同じカテゴリーに入るんだろうか。映画ってどうすれば映画になるんだろうか。映画館で上映されれば映画なんだろうか。答えは当然ながら持っていないけど、映画監督はその答えを探しているはず。今、なぜ映画というフォーマットで映像を作る必要があるのか。それは映画を仕事にしていない人にも突きつけられた問いでもあるはず。スティーブン・ソダーバーグはカンヌで賞をとったのに今は映画を撮れていない。アルドリッチはこつこつ秀作をとり続けられた、とかいうことは、普通の会社員にも当てはまるんだろうな。 日本の一番長い日は、もう迫力がすごい。戦闘シーンはほとんどないのに迫力がある。あれはなぜなんだろう。軍服の汗染みとか、天本英世の振り切った役柄とか、ディテールが納得させるということもあるんだろうけど。あの説得力はなんなんだろう。 しかしあれを観て、ああ、今の戦争アニメって、昔の戦争映画は一切観ていないんだなというのがよくわかった。ガンダムを参考にしているんだわ。おもちゃの戦争を模倣してる。軍服の汗染みとか、森師団長に発砲したあとの少佐の震えとか、そういうのが画面に出ていないんだ。ガンダムだと白兵戦もあったんだけどね。...

成長

スタートアップと呼ばれる段階の会社に入社したら実力がつくという考え、というか信仰に対して、懐疑的になってしまうシチュエーションに何回か遭遇しました。IT業界の若手には上記考えがはびこっているように思いますが、果たして本当にそうなのか? 大企業でも実力はつくでしょ?ということではなくて、仮にスタートアップでばりばり仕事をし、サービスも成功し、会社が大きくなったとしても、大きくなったその会社で自分は仕事ができるのか?という疑問が生まれたのです。会社の成長に個人の成長がついていかないという感じ。もしくは、会社の生態が変わってしまって、スタートアップ時代にいた人は環境の変化に対応できない、という感じ。まあ一生スタートアップ企業を渡り歩くというのであればいいのでしょうが。 「ソーシャルネットワーク」の映画をひもといてもわかるように、いざfacebookが一気に資金調達してでかくするぞ、という段階になると、当初CFO(映画では自称扱いだったけど)だったサヴェリンはクビになっているわけで。しかし彼をクビにするようにしむけた初代社長のパーカーもまた、らんちき騒ぎをやるようなやつだからこれからの会社にふさわしくないということでクビを切られる(映画では描かれていないけど)。 日本でもベンチャー、スタートアップというレベルから大企業にまでなると、やはり経営陣や中堅どころに中途で大企業出身者とか、きちんと訓練された人とかが入ってくる。そうじゃないと大企業になれないのだろうなあ。大企業になれないと、結局色々な人を組織にいれることができない。ルールなんてあってないような仕事のやり方をしていた人が上司にいたら、新しく入った人はやってられない。で、結局昔からの人しかいなくなってしまうと、その人たちが年をとったら時代に置いていかれて終わりだ。 人間も組織も、年齢にふさわしい振る舞いが求められる。大人げない、というのは、大人な対応ができてはじめて チャームポイントにもなる。それしかできないようではただ成長できなかった人だ。

無題

今出張でロンドンにいます。はじめてのロンドンですが、今は事前にいろいろ調べられるし、スマホとwifiもっていけば向こうでもいろいろできるし、東京にいるのとほとんど変わりません。電車の乗り方とかパブでの注文とか日が長いとか、ローカルルールで戸惑うところはありますが慣れました(まだ2日だけど)。外国人と英語だらけの環境は会社がすでにそうなっているので免疫あります。これがかなりでかい。インド・パキスタン系の人って表情がいつも怖いんだけど、それに慣れてるだけでだいぶ気が楽です。 ロンドン、UKは超先進国だけど、海外で働くってほんとにいいのかなーと思います。うらやましがられたとしても、やってる本人はどうなのかと。手前はどうなのかという一点につきますが、どこにいくにしろ、住み慣れて知り合いもおおい土地を離れてどっかに行くばあい、その土地にどれだけ思いいれがあるのかにかかっているなと感じます。その国の歴史が好きだとか、海が好きだから南の島で働くとか。もしくは危険な国に言ってそのぶん給料がいいとか。そうじゃないばあい、東京は既に世界でも有数の先進国だから、そこから離れても正直楽しいことはないっすね。英語勉強したいなら日本でもできるし。。ここまでは土地の話。 カンファレンスに参加しているのですが、そこにはたくさんの会社があって、いろいろな人がいろいろな仕事、雇用形態で働いています。IT、webといってもいろいろ。ほんとにいろいろ。別業界から来た人もいれば、ずっとこの業界にいた人もいる。ずっと日の当たらない仕事をしてきた人もいるだろう。でも何かのきっかけで注目を浴びることもある。統計学者が今ビッグデータで注目されるように。 飛行機の中でプロフェッショナル 仕事の流儀(鈴木敏夫の回)を見て改めて思ったのは、「どんな仕事をしていても、突き詰めて何年かやっていれば必ず真髄にたどり着く」ということ。プロフェッショナルという番組ではいろいろな仕事をしている人が出るけど、けっこう言ってることは似ていることが多い。それは、どんな仕事をしていても、大事なこと、してはいけないこと、やるべきこと、みたいな本質は似通っているからだと思う。地下鉄の時刻表作りのプロが言っていたことが、BCGやマッキンゼーの人の言うこととほぼ同じだったときもあった。 そういうこともあって、最近はもうどういう職業で...

無題

最近ブログに書くことが特にないなと感じています。仕事はそこそこ忙しいし、GMSもやってるし、会社の英語スピーキングコースだったりスカイプ英会話だったりいろいろ仕事以外にも忙しくしてはいるんですが、特に書くことがない。かといって日々つまらないわけではないのですが、別にこれといって書き残しておきたいことがあるわけでもない。それはここ数ヶ月ずっともやもやしていたことが、ある程度晴れてきているからかもしれません。肚が決まった。腰が据わった。 仕事を一生懸命する、実力(って何だ?)を磨く、それって何のためなのか?というのをずっと考え続けて、ようするに私生活のためだということを認めるに至ったので、だったら今やればいいだろということでやっているわけなので、今改めて何かを書く必要もないのです。現在進行形で今やっている、それだけが大切。わかっているなら今やれ、すぐやれ。 仕事ができるようになって力もついてそれから、って、どんだけ承認欲求が強くて卑屈な野郎だったんだよと言ってやりたい。自分はそんなに情けない奴だったのか。まあそうなんだろう。結果が全て。でも今はもうテノヒラクルーで行動あるのみ。 幸せとは何かに向かって突き進む状態のことである。それがどんなにふざけたことであれ、今そういう状態であることだけが大切だ。そして結果を手に入れるのだ。

私生活の充実

去る5月30日で26歳になってしまいました。20代である時期もあと4年ほどになったという事実に驚きです。最初の3年は大学生だったとはいえ、時間は有意義に使わなければあっという間にすぎてしまうということに改めて気づかされます。 26歳になってみて、改めて自分がどうなりたいか、どういう人生を送りたいかを考えてみましたが、やはりというか、私生活の充実こそが目的であるという結論になりました。仕事は何のためにやるのかといえば、自分にとっては食っていくためであり、仕事でこころおどらなくても世界が変わらなくても別に困らないと思っています。できればいいなくらいのものです。最近ますますその思いを強くしています。 ちょっと前までは、結婚とかまったく意識していなかったし、むしろしない方が自由でいいのではないかとすら思っていましたが、会社の野球部の先輩が小さい子供を連れてくるのを見たり、大学院の方々の話を聞いたりしていると、やはり生物的な本能には従ったほうが幸せじゃないのかなとおもうようになりました。結婚する、子供をつくるといったことです。どうしてもできなければ仕方がないけど、チャンスがあればやったほうが幸せだろうなと思うのです。一人での生活の幸せは今の生活からかなり想像がつくけど、家族を持った生活の幸せは今からでは想像がつかないということも、やはりやってみたいなーと思う理由です。意地はって仕事に打ち込む理由なんて自分にはありませんでした。そこはごくごく普通の人間ですので。自分の代わりはいくらでもいるわけですから。 仕事では自分の代わりがいるからこそ、自分の人生では妥協なくやりたい。私生活をなげうつほどその仕事は価値のあるものか?(て今言うことではないけど)仕事はあなたを守ってくれないよ(水夫や馬車の御者はどこに消えた?) 20代の時間は貴重だ。男のタイムリミットは長いとはいえ、若さがあるうちに行動しておきたいな。30代に入ってから動ける保証はない。現実を見よ。成功してからじっくりと私生活に、、なんてことは幻想なんだ。そうなったらもうゲームオーバーだ。