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前部署の上司が辞める

12月で前部署の上司と先輩が辞めるそうだ。上司は開発のリーダーで、自分が異動するときも最初に報告した人だった。もともとwebの人ではなかったようだが、この世界に入ってきて、努力して前の部署の開発のほぼ全てを把握し、指揮していたような人だった。生き証人みたいな人で、その人に聞けばわかる、聞かないとわからないということが本当に多かった。異動するといったとき、自分もその気持ちはわからないでもないということをボソッと言っていたけれど、今回それを実行するということなのだろうか。 先輩もひとつ上の人で、自分が辞める直前は無気力さから色々迷惑をかけていたが、その後もよくしてもらっていた。辞めるというのは正直驚いたが、誰もが自分の市場価値と、これからどうしようかというのを考えているのだろう。外にでてあんなに年収が上がるというのも驚いた。心が揺らぐ。 今の会社はそういった大事な人たちもどんどん辞めていっている。どんどん、というのは語弊があるが、定期的に辞めていき、新しい人が入っていく。新陳代謝が進んでいるともいえるが、ちゃんと引き継ぎがされているのかどうかはよくわからない。新しく入ってきた人も外国人が多く、しかもけっこう新卒が多い。今のシステムをどうするべきか、という観点では物を作れない人ばかり。このレベルの抽象化ができるのって、天才か、きちんと職業としてやってきた人じゃないと無理で、どんなにレベルの高い工科大学をでていてもできるものではない。過去の経緯もあるし、今後のビジネス成長も考慮した上で方針を決めて、なおかつ色々な人に協力してもらってやらないといけないから。ここらへんもすべて技なわけで、コンピュータがわかるだけ、プログラミングがかけるだけの人では物事が進まない。前の部署がそうなってしまわないといいが、それは余計なお世話だろう。できないと思っていたことも、長く勤めていた人に遠慮してできなかったということもあるし。これだけ人が辞めたら、けっこうあっさりと改革改善ができたりするものだから。

プランナーとして

2015年も2ヶ月を切り、いい加減今の仕事で前向きに生きていくために、今の職種をプランナーと位置づけて、電通マンっぽく色々やる職業と捉えてやっていこうと思う。ビジネス要件の策定からシステムの要件定義、設計まで踏み込んで考え、ステークホルダー間の調整、説得、たまにプロマネまでやる、と言ってみると何かすごいことをやっている気がする。これでwebと金融のトレンドを押さえていればなかなかの強みだ。フィンテックというのも流行っているし、これで食っていけるかもしれない。電通のプランナー、ストラテジストという人が何をしているのかは知らないが。 ところでそのプランナーとして粛々と仕事をしていても、時折ひっくり返されるようなことはある。今日もあった。社として優先度高くやっている領域の仕事があって、自分のもっているのは真ん中くらいの優先度。でもこれが先行して進んでいて、もうすぐ自分のてから離れるので事前に説明しておこうというところで、「最優先課題がまだなのでダメです」と停止を命じられる。そんなこと、とっくにわかっていたはずじゃないのか。こっちは報告しているわけだから。定例MTGまでもって報告しているのにまったく伝わっていない。何のための報告なのか。 それに、優先度が高い案件が諸々の事情で進まず、優先度下位のものが先に進んでしまうことだって当然ある。それなのに優先度順に出していかないといけないというのであれば、今回に限らずすべての状況でそれを適用しないと筋が通らない。今回、あの部署が何の権限で止められるのか。優先度下位でも先に出して利益を生むなら、それでいいのではないか。そもそも止まってしまっているのはその案件に問題があるのだから。 「そんなこと聞いてない」というのを聞く機会が増えた。これを避けるために、またチェックポイントがどんどん増えていって、時間だけがかかっていく。それをうまくこなせる職人芸を磨かないと仕事にならないが、そんな仕事はそもそも無駄だというのがどんどん見えなくなっていくという負のスパイラル。

理系とか文系とかいう分類は好きじゃないが

なんかこう、プログラミング大好きな人たち(理系と呼ばれる人か)って、なんでこうずれた人が多いのだろうか。同期と話していて、幾つか仮説を立ててみた。 そもそもの現象で大きなものとして 理系(面倒なので以下理系とする)は全体の傾向として、自己中心的。 コミュニケーション能力が低い。 というのが見られる。今いる会社にたまたまくそ生意気な理系ばかりいるのか、全体的な傾向なのかわからないが、とにかくこういうのが多い。自分の好きな仕事しかやりたがらない、指示を聞かない、反抗する、論破されると切れたり不貞腐れたり。また、人間関係を作ることができない。それを言ったら気分を害するだろ?というのをなぜか言ってしまう、距離感がつかめない、 ギャグセンスが変、など。 なんでこういうことが起こるのか。パッと考えてみて、理系だ文系だということ以前に、そもそも人間に対して興味がなかった、もしくはあったんだけど能力が足りずに関係を築けなかった奴が、人間じゃなくてコンピュータとかに興味をもって、今に至るのでは、という仮説を立てた。大学までは周りがみんなそんなんだから特に問題じゃなかったのかもしれないが、会社でそれは困る。なんで困るかといったら、会社として利益を出していかないといけないからだ。金を稼がないと仕事をしてる意味がない。ここらへん、営業にいるやつは当然わかっているんだけど、なぜか理系はわかってないやつが結構いる。なんでだ。こいつらは経済のことについてわかってないのか。小さい頃からコンピュータとかなんでも買ってもらってたから金の心配をしたことがないんだろうか。(実際理系のやつは金持ちが多い傾向。外人含め) 本来なら入社させてからみっちりしごいて金を稼ぐことを叩き込んでもらいたいが、最近の傾向としてエンジニアを妙に優遇して持ち上げてるから、そこまでしてない。別にすべてのエンジニアが天才なわけではないし、イノベーターでもないんだからしっかりやらせろと思うのだが。うちの会社の営業はかなりしごかれてきついこともいわれて、ヒーヒー言いながら仕事しているのに、エンジニアにちょっと甘すぎるんじゃないか。 まあ、妙に勘違いした奴らの厳しさ(というかいじめ、八つ当たり)はあるけど。これも理系が鍛えられずに昇格しちゃったからいけないんだよなー。部下への指導とかわからないから自分基準でただただ...

具体的な職業名で考えてみる

将来のことをあれこれ考えてはいるものの、いまひとつピンとこないし、腰が据わっていない。機会が来れば、力をつけていれば、そういう話になってしまう。野球に将来関わりたいと言っても、いつそういうことになるのか。チャンスがあったとして、自分がどうだったら飛び込むのか。そこらへんのイメージがちゃんとできておらず、よくない。今の松田宣浩とかみたいに、33歳になった自分を明確にイメージしておくことだ。5年後の自分。どういう力が付いてなきゃいけないか。 いつか後輩と話した時に、「目指している姿はコンサルタントかもしれないですね」的なことを言われたことがある。今の仕事がグロースハッカー的な意味も持っていますねと言われたのと同じ時だ。コンサルタントという仕事は新卒での就職活動をしていたときに、憧れから考えていたことはあったけど、就職してからはまったく考えたこともなかった。でも最近、コンサルタントの仕事をするのもアリかなと思ってきた。職場にコンサルタントが外部からたくさんはいっており、身近に感じていることもある。 コンサルタントは高級派遣だとか、資料作成業とか言われることもある。そういう側面もたしかにあるが、それでもそういう仕事に人生の一時期でも関わるのは意味があるのではと思ってきた。会社内部で仕事の品質保証について厳しい基準があるし、物事を変えていくことに対するノウハウがあるし。今、当事者としてプロセス改善とかやっていても、コンサル経験が誰もないと、やっぱりうまくいかない。どうハンドリングしていくか、どうしても手探りになってしまう。今いる会社はスピード感はたしかにあるけど、いろいろなところにぶつかりながら、ズタズタになりながら進んでいくイメージ。無駄ではないけど、無駄が多い。余計に疲れる。やり方があるのなら、それを使いたいな、と思うことが多い。 コンサルタントになりたいからといって、別に経営者になりたいとかはない。ただ、物事を変えていくということに精通したい。コンサルタントという立場では外部の人間だとしても、コンサルタントが考えることはクライアントでも考え付くことだとしても、そういう立場として仕事をし、提案し、っていうプロセスを踏むことは、自分の仕事のやり方を洗練させると思うし、なによりポストコンサルになったときに、「そういうことができる」とみなされる。この会社の上のほうに...

連合三田会にいってきた

今日は連合三田会が日吉で開かれていたのでいってきた。有名店が軒をつらねて店を出していたけど、あまりの人の多さにほとんど寄り付くことができず。しかし準硬式のOBが確保してたスペースによったら飲み物などご馳走してもらったので、ありがたかった。ただ顔を見せただけなのに本当によくしてくれる。自分もそういう風にならないと。 しかし塾員とその家族、主に嫁、が大量に歩いていて、なんというか壮観だった。自身は慶應を出てないんだろうけど、その嫁になって、着飾って、自信に満ち溢れているご婦人の多いこと。幼稚舎の制服きた子供を連れていたりしてね。周りの知り合いに挨拶させたりして、ご満悦のようだった。慶應のOBたちなのでそんなことで腹を立てたりしない(ごく普通にすごいねと思っている)が、なんというか側から見ていて、人生こっからですぜと思ってしまった。 子供がまだ小学生ならこれから明るい未来しか見えないが、大学入って卒業して、そこからなんだよな。自分の周りにもそこで躓いたやつはたくさんいる。入った会社を1年で辞めて、転がり落ちている最中のやつもいるし。仕事に意義を見出せず、なんだか袋小路に入っているやつもいるし、できちゃった婚をするやつもいるし。男ならまだいいが、女の子でそろそろサーティーを回るというのに彼氏もいないやつとか。そしてパン職だったり。で、周りの男には不平不満だらけみたいな。そういうの、結構危ないと思うのだが。東京タラレバ娘とか読んでみたらいいのに。 親も子も、慶應に入っただけで人生上がったと思うなよ、と大きなお世話で胸がいっぱいになった。そっからが大事だ。慶應の名前は自分たちを守ってくれない。

プロ野球を仕事にするために

なりたい自分を明確にイメージしていれば、将来それに近づけるチャンスに気づくことができると人から聞いた。では、自分が将来なりたい自分というのはどういうものだろうというのを考えてみると、漠然としている。今年、これまでと比べてかなりプロ野球の試合を観に行くようになって、やはり野球、特にプロ野球を仕事にしたいという思いが強くなってきた。では、将来自分がプロ野球に関わることなんてできるのだろうか。できるとしても、どういう形で関われるのだろうか。と、いうことを考え出した。 横浜DeNAベイスターズの求人を見ると、いくつか出ている。イベント企画だったり商品企画だったり、エンジニアだったり。エンジニアなら今の仕事の延長上にあるので、チャンスはある。ただし、プロ野球球団のエンジニアに自分はなりたいのか?というところが問題だ。自分はプロ野球球団を強くしたり、もっと収益をあげられるような集団にしたいとは思っているが、そういう道に通じているかどうか、が問題だ。ベイスターズのアプリを開発運用することが、そこにつながるだろうか? とりあえず求人サイトに登録してみると、自分の経歴を書くことになるわけだが、スカウントが来るのはやはり自分のエンジニアとしての経歴について。世の中的にエンジニアが足りていないというのもあるので、それはわからないでもないが、自分がそういう求人に応募して内定が取れたとして、「プロ野球に関わる」「強くしたり、儲かる仕事にする」というところには行き着かない気がする。特に、エンジニアで応募してずっとエンジニアという場合は。エンジニアは技術職なので一生食えそうな気はするけども。 同期とも話していて、自分が思うITのイメージは道具だと改めて感じた。何かのビジネスを改善したり、改革したりするための道具。そのために使いたい。ITの技術そのものをやりたい人もいるが、自分はそうではないと感じる。まあ、今の会社がそもそもITを使って何かする会社ということもあるが、そういうイメージだ。で、今は金融系の仕事をしている。業種は企画。少しプロマネ。ここからどうやって野球につながっていけるか。 直接は難しいのかもしれない。どこかでワンクッションおいて、野球にジャンプする必要があるのかも。たとえばコンサルを挟むとか。もしくは今の企画という仕事をもう少しして、企画 、マーケティングメインで働...

大河ドラマ 平清盛を見終わってしまった。

動画サイトで中途半端なところまでしか見られず、TSUTAYAにもないが気になるのでDVDボックスを買ってまで見はじめてしまった平清盛。2ヶ月ほどかかってついに壇ノ浦の戦い、平泉の戦いまで行き着いた。平清盛の生涯が64年ということだから、わずか60数年の間に平安貴族の世から武士の台頭、平家の隆盛、源頼朝の挙兵とそれにともなう混乱、そして平家滅亡まで至るわけか。2015年の60年前だと1955年で、戦後10年という時代。そこからたしかに日本は大きく変わったが、平清盛の時代、東夷と蔑まれた人種が国のトップに立つなんて誰も考えなかっただろう。その時の衝撃は、戦後日本の70年の変化と比べても凄まじいものがあったに違いない。 しかし平清盛を見ていて、平氏が滅亡しない道はなかったのだろうかと思わされた。平家はもはや武家ではないという言葉通り、貴族と化した平家は滅ぼされて当然、驕れる者は久からずと言われるが、武家が朝廷で勢力を伸ばそうとする以上、そこで認められるために力を尽くすのは当然。武家で無くなるのは当然だったのかと思わされる。実際、平家の都落ちの原因となった木曾義仲はそういった素養がまるでなく、都を支配することもできずに討伐の命を下されている。そのような素養を身につけ、朝廷で認められるのは絶対に欠かせないことだった。しかしそれをやるがゆえに、都から遠く離れた東国で不満を募らせた東国武者たちが反乱を起こすのは必然だったようにも思える。 もし平家が東国をもっと収められていれば、源氏の反乱も起こることがなかったのだろうか。しかし東国は西国と違って貿易の要所でもなく、抑えるべきメリットがそこまでなかったのかもしれない。また、朝廷にもっと味方がいれば、鹿ヶ谷の陰謀やら何やらで、内部から揺さぶられることもなかったかもしれない。平家は公卿の一群になっていたにもかかわらず、藤原摂関家とかそれ以外の公卿たちの協力を得なければやっていけなかったのだろうか。彼らを完全に掌握できなかったのが悔やまれるというところなのか。 かといって、平家を倒した源氏も自身の子の代で将軍が絶え、あとは北条家に実権を握られることになる。その北条家も中で殺し合いをしているし、貴族化しようが武家のままであろうが、あまり関係ないのかもしれない。功労者には領地を与えると言っても、戦争が終われば功をあげる機会も...